第263回 胡同回憶・藩家胡同
藩家胡同(PanjiaHutong/パンジアフートン)
保安寺街につづけて藩家胡同におじゃましました。
2014年10月下旬。
下の写真の右側の建物に「1号 藩家胡同臨建」という住所表示が貼られていました。
正式の「1号院」ではありませんがスタートはここから。
上の写真「1号 藩家胡同臨建」という住所表示。右側に文字の消えかけた「南横東街59」というプレートが貼られています。
ほんの少し歩いて行くと公衆トイレ (右の建物)
明の時代は藩家河沿、清の時代は藩家河沿街、映画「ラストエンペラー」でおなじみの宣統帝の時代に藩家河沿に戻り、その後もその名を継承。1965年から藩家胡同となりました。
胡同名の「藩家胡同」とは「藩さんが暮らしていた胡同」といった感じでしょうか。
明の嘉靖年間(1522年~1566年)、水利の専門家で工部尚書(長官)なども勤めたことのある藩季訓(パン ジーシュン)が暮らしていたことが名称の由来なのだそうです。
張り紙がありました。
取り壊しの通知書。この通知書によってこちらが藩家胡同61号であることが
わかります。
中華民国23年4版『最新北平全市詳図』(総発行所北平西単牌楼シ南建設図書館、複製版)の欄外に記載された省別会館名は次の通りです。
河南・・・覃懐会館
江西・・・吉安会館、盧陵会館、饒州会館
湖北・・・黄陂会館
陝西・・・三原会館
広東・・・高州会館、興寧会館
仏教並びに道教の寺院もありました。
35号院・晋陽寺跡(晋陽庵とも)
45号院・弥陀庵
76号院。薬王廟
こちらのお宅にはまだ暮らしている方がおられるようです。
道端にさりげなく置かれた椅子、いい雰囲気を醸し出していました。
こちらは62号。
空調の室外機がまだ新しい。
門牌(住所表示板)がありました。確認すると藩家胡同44号。
少し歩くと持ち主を失った三輪車。
この胡同に暮らしていたことのある著名人をあげると次の通り。
銭大昕(チェン ダーシン、清代の考証学者、1728年~1804年)
禇寅亮(チョ インリャン、清代の経学家、天文歴算学家、1715年~1790年)
俞樾(ユイ ユエ、文学家、経学家、1821年~1907年)
黄遵憲(ホワン ツンシエン、清の詩人、外交官、戊戌変法にも関係した人物。1848年~1905年)
黄遵憲は初代駐日公使の何如璋に従い参賛官(書記官)として明治の日本に滞在経験があり、日本人との交友関係も広かったそうです。著書『日本国志』など。
表題『清国欽差大臣一行到着参省ニ付上申』
(「アジア歴史資料センター」公開資料・レファレンスコード
「A01100165500」)
上の記録を読むと、何如璋や黄遵憲一行が明治10年12月16日に
軍艦「海安号」で横浜に到着したことが分かります。
下の記録には「正使 何如璋」「参賛官 黄遵憲」と書かれています。
黄遵憲は清末の改革運動、戊戌变法に参加していたため西太后など守旧派のクーデターにより一時捕縳されましたが、しかし死刑などにならずに釈放。これは伊藤博文などの働きかけがあったためだと言われています。
たとえば次の記録が残っています。
《電信訳文 (明治)三十一年十月十日発
同年同月同日着
大隈外務大臣 在清 林臨時代理公使
伊藤侯爵ノ需メニ依リ在上海総领事館事務代理ハ本官ヘ報ヲ号シ 黄遵憲ハ勅命ニ依リ兵士ノ監視ニ附セラレタルニ付 伊藤侯爵ハ其生命ノ安危ヲ気遣ヒ同人カ曾テ日本駐剳清国公使タリシ故ヲ以テ苛酷ノ処置ヲ為サハル様其筋ヘ抗議ヲ申入レ成ルベク黄ヲ救ハンコトヲ勧告ストノ旨ヲ本官ヘ申越セリ依テ本官ハ右ニ関シ本日午后王大臣ヘ面会スベシ》
(アジア歴史資料センター、レファレンスコード、C11081019600)
海辺を連想させる日除け用のパラソル。
こちらも居住者がおられるようです。
こちらは30号(?)
こちらは26号(?)
写真奥に自転車。
下の地図の緑色が藩家河沿。写真下に寺院を示す「卍」が二つ。
自信はありませんが、一つは「弥陀庵」、もう一つは「?」。
『北平市最新詳細全図』の一部
中華民国19年10月印製、北平文雅社発行(複製)より
この胡同がかつて「藩家河沿」という名称であったことは上に触れました。
この地名と関係のある河の名称について記された資料のうちの一つをご覧ください。
“「藩家胡同」はかつて「藩家河沿」といい、涼水河が流れていて、そこでは船にも乗れたという。即ち明・清時代、この一帯は水郷で、川遊びの場所であった。その川を利用した公園も多かった。” (松木民雄編著『北京地名考』昭和63年3月17日発行、朋友書店刊)
涼水河という涼しげな名前の河があり、そこでは舟遊びが出来た。のんびりとした豊かな時間が流れていたのでしょうか。川遊びに興じる人々の楽しげな声が時を越えて聞えてきそうです。
参考資料
『北京地名典 修訂版』(王彬・徐秀珊主編、中国文聯出版社、2008年11月)など。