北京·胡同窯変

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第289回 北京・紅燈幻影 《王皮胡同》その2 ―愛満千家年年好―

胡同を歩いていると門簪(もんさん)の上にお目出度い文字の書かれているのに出会うことがある。こちらは「平安」と書かれた門簪。


門簪にはお目出度い言葉のほかに吉祥を示す植物などが描かれたり彫られたりしていることもあり、この文字や植物模様を見て歩くだけでも楽しい。もちろん、文字や模様に胡同に暮らす人々の願いが込められていることはいうまでもありません。


門簪に「平安」と書かれていたのは王皮胡同11号院




王皮胡同20号院
こちらにも「平安」と書かれた門簪。


しかも二羽のツバメと柳の絵もありました。

ツバメ(燕)は幸福やその到来を象徴する鳥。細かいことを書けば、燕は中国語で「イエン(yan)」。「宴」と同音で「安らかで楽しいこと」を表しています。二羽の燕で夫婦円満。


もちろん柳も縁起のよい植物で、たとえばウェブ版『世界宗教用語大事典 』(中経出版)には次のような解説があった。


「やなぎ 【柳】」
ヤナギ科ヤナギ属の総称。日本でも中国でも、春早く芽ぶくので生命力のあるめでたい木とし、正月飾りなどに使う。長寿・繁栄・退魔の呪力があるとも信じられ、箸や楊子にもする。中国では水に縁のある木として雨乞いにも用い、観音菩薩は柳の枝で浄瓶の水をまいて雨を降らせるとして楊柳観音の信仰がある。この観音は諸病消除の仏でもある。枝を切っても容易に枯れないので、キリスト教では福音のシンボルとするが、日本でも柳塔婆に根がつくと成仏のしるしとした。だが異界と関係する木ともされて、この木の下に幽霊や妖怪が出るともした。西洋でも死と嘆きを連想する木とされる。


上の絵を見ると柳に風が吹いていて、柳風。柳風で春風を表しています。春の到来です。


門の中を拝見すると小鳥と鳥かご。
数えてみると六つもあった。


22号院。


隣りの王皮胡同24号。
春聯(門聯)が貼られていました。

横批・・・迎春接福
上聯・・・福到万家迎新春
下聯・・・富貴安康賀華年



その隣りは白い二層の建物。


こちらは王皮胡同26号院。



玄関の中におじゃまするとやはり鳥かご。



小鳥たちを驚かさないよう、静かに鳥かごの下をくぐって奥へ。

小鳥を見たり、そのさえずりを耳にすると、尊敬するチェリスト、パブロ・ガザロフが94歳のときにニューヨーク国連本部において語ったという次の言葉を思い出す。「私の生まれ故郷カタルーニャの鳥は、ピース、ピースと鳴くのです」。そして演奏した曲は『鳥の歌』。この時もこの言葉を思い出した。


奥に進むと年季の入った木製の階段。
一段一段そろりそろりと静かに上がってみる。


二階に到着。



すると光の分量が急に増えて、こういう光景が眼前にひろがっていました。



この白い建物の二階に案内してくださったのは、鳥かごをさげる姿が絵になるこちらの養鳥家さん。

当日はありがとうございました。改めて心よりお礼申し上げます。


なお、この王皮胡同26号院に関して、解放前、そして開放後は旅館であったという説がある。そこで、かつて王皮胡同にあった旅館についての記事を探してみると次の旅館名が眼に入った。


旅館の名称は「人和客桟」。


もちろん、この「人和客桟」という旅館が、すなわちこの白い建物だったとは言えないのですが、昔、この胡同にこういう旅館があったということを知りえただけでも、単純なわたしには嬉しい。


『最新北平全市詳図』(中華民国23年4版、総発行所北平西単牌楼迤南建設図書館)欄外の「北平旅館各称地始址一覧表」に「人和客桟」を確認することが出来た。



26号院を後にして西方向へ。





21号と23号という二枚の門牌が貼られているこちらの門の奥には、日本の衝立のような影壁(インピー)が置かれていました。以前、影壁の種類を紹介したことがあったのですが、わたしにとって、この手の影壁を拝見するのは珍しいことでした。


影壁は目隠しの役割とともに魔除けの働きがあると言われています。
「福」の字も素敵で、こちらの心を満たしてくれるものがあった。



こちらは28号院。


さらに西へ。



こちらは王皮胡同25号院。



門簪(もんさん)に「吉祥」と書かれています。




春聯と門神が貼られていました。
王皮胡同31号

2023年はウサギ年。
ウサギが登場する春聯です。


ご覧ください、力みなぎる言葉が並んでいます。
横批・・・兎年大吉
上聯・・・愛満千家年年好
下聯・・・兎跃万里歩歩高
※「跃(ユエ)」は「躍」で「はねる」意。


門神。
影壁(インピー)と同じく悪鬼などの侵入を防ぐために貼られています。




王皮胡同32号にも門神。



中国の人たちは年の瀬になると門に貼ってあった春聯や門神を貼りかえ、新年を迎える準備にとりかかります。上の写真、王皮胡同32号に貼られている門神は、どちらも唐の勇将で実在の人物がのちに神格化されたもの。


向って左、秦叔宝(しんしゅくほう。生年未詳~638年)、名は瓊(けい)、叔宝は字。
右は、尉遅敬徳(うつちけいとく。585年~658年)、名は恭(きょう)、敬徳は字。


この二人の武将が門神になった経緯についてのお話が興味深い。
唐の太宗(たいそう。唐の第二代皇帝)が病になったとき、悪鬼が外で呼ぶ声が聞こえるので、この二武将に門を守らせたところ、事なきを得た。そこで太宗は二人の絵を絵師に描かせ宮門に掛けさせたそうだ。『三教源流捜神大全』より。(『新編中国歴史文化事典』新潮社、2000年1月30日2刷)


皇帝でも外部から襲ってくる悪鬼どもは恐ろしい、いわんや庶民においてをや。秦叔宝(しんしゅくほう)と尉遅敬徳(うつちけいとく)の二門神はかよわい庶民にとって災害からわが身を守るための心強い味方なのです。


王皮胡同31号院に貼られていた門神の下部には、その提供者として「NCI新華保険」とあった。その社名を見て、別に誰に向かってというわけでもなく、ついつい首肯いてしまった。


王皮胡同は次回も続きます。

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